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最高裁判所第二小法廷 昭和27年(あ)4522号 判決 1954年8月20日

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差戻す。

理由

弁護人辻本幸臣の上告趣意は刑訴四〇五条の上告理由にあたらない。

しかし、職権を以って調査するに、本件起訴状には公訴事実として「被告人両名は飲酒酩酊の上昭和二十五年三月十七日午後十時三十分頃大阪府南河内郡富田林市字北別井の街路を歩行中通行中の川崎美代子(当二十二年)を認むるや被告人繁雄は矢庭に同女の肩に手を掛け猥褻の振舞をせんとしたので同女が同所百二十番地泉谷スエ方に馳込んで逃れるのを両名共之を追跡し、同家二畳の間に於て同女を仰向けに押倒した上夫々馬乗りとなり被告人利一は強いて同女の陰部に自己の手を挿入する等の暴行を加え被告人両名共夫々猥褻の行為をしたものである」と記載され、罪名及び適条としてそれぞれ「強制猥褻刑法一七六条」と掲記されている。即ち、本件は強制猥褻の訴因を以って起訴されたものである。ところで、第一審判決は右犯罪の証明がないとして被告人両名に対して無罪を言渡し、これに対して検察官から事実誤認を理由として控訴を申立てたところ、原判決は「案ずるに本件公訴事実について左記のとおり被告人等の犯罪行為が認められるに拘らず原審が犯罪の証明ないものとして無罪の言渡をしたのは事実を誤認したものというべく論旨は理由あるに帰し、原判決は破棄を免れない」として、自判して被告人等を公然猥褻罪に問擬した。即ち、原判決は「被告人両名は飲酒酩酊の上」起訴状記載の日時、街路を通行中「たまたま通りかかった予てから馴染の仲である同市内の喫茶店岡田芳太郎方の女給川崎美代子(当二二年)に遭うや相前後して同町一二〇番地飲食店泉谷スエ方に立入った際被告人繁雄は右スエ及び同店の客辻野明夫外二名の面前において同家二畳の間の上り端に腰かけている右川崎美代子にその前方から抱き付き同女が仰向けに畳の上に倒れるや更に同女の上に乗りかかってゆき被告人利一も亦被告人繁雄の背後に接着して同女の上に乗りかかってゆき以て被告人両名それぞれ公然猥褻の行為をしたものである」との事実を認定し、刑法一七四条を適用して被告人等を各罰金三千円に処した。しかし、本件起訴状記載の公訴事実は前記のとおりであって、原判決の認定したような「飲食店泉谷スエ方」において「右スエ及び同店の客辻野明夫外二名の面前において」という本件行為の公然性を認めるに足る事実は何ら記載されていないばかりでなく、起訴状記載の罪名及び罰条に徴しても、原判決の認定したような公然猥褻の点は本件においては訴因として起訴されなかったものと解するのが相当である。なお、記録を精査しても、本件において訴因または罰条につき、追加変更の手続が適法になされたと認むべき資料はない。して見れば、原判決は結局、審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるものといわなければならないのであって(昭和二五年(あ)第一〇四号、同年六月八日第一小法廷判決「集四巻六号九七二頁」参照)、若し審判の請求を受けた強制猥褻被告事件について犯罪の証明がなかったのであるならば、判決で無罪の言渡をしなければならなかった筈である(刑訴三三六条)。従って、右の違法は明らかに判決に影響を及ぼすべきものであり且つ原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められるから、刑訴四一一条一号、四一三条本文に則り主文のとおり判決する。

右は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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